地下書庫巡礼記

どこかに眠る、懐かしの物語を探して

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リャマサーレス『黄色い雨』

 こんにちは。
 フリオ・リャマサーレスの『黄色い雨』を読みました。

 

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 『黄色い雨』は、朽ちていくだけの廃村に身を置く、ただ一人の男の記憶を描いた作品です。
 廃村の中で、男は「現在」を拒み、「過去」の幻影に寄り添い、

思い出といっても、しょせん思い出そのものの震える反映でしかない (p.48)

と述懐しつつ、思い出のホログラムを再生し続けるように時を過ごします。

 

 あるとき、写真の中の死んだ妻の瞳の中に「黄色」を見つけたことを始まりとして、男は毎年毎年訪れる腐敗と死の予兆に捉われていきます。
 男にとって、「黄色」こそが腐敗であり死である象徴となり、そしてその予兆が訪れるのは、すべてが死に絶える冬ではない、すべてを腐敗させる黄ばんだ雨をもたらす秋なのでした。

 

 男が雌犬とだけ暮らすようになって幾年も過ぎ、雨風にさらされ白蟻に食われ崩壊していく家屋のように、ある日生者である男は、彼と雌犬もまた忘却の黄色い世界に浸されていることに気付くのですが、その静かなる倒壊への描写と雌犬とのエピソードは圧巻です。

 

 またこの作品では、生と死、あるいは静寂と狂乱といった概念が、陰影強く非常に色彩的に描かれているのが印象的です。例えば、

死に彩られた荒涼広漠とした風景と血も樹液も枯れてしまった人間と木々が立っている果てしない秋、忘却の黄色い雨 (p.47)

あるいは、

陽射しが石や家のガラス窓を血の色に染めている (p.71)

といったように。最初は脈絡のない飛び石のように点々とした個々のイメージである色彩や事象が、次第に分かちがたく結びついていき、最後、誰もいなくなった廃村の情景には黄色のイメージが静かに静かにじんわりと画面を覆っていくかのようでした。

 

 同作者の『狼たちの月』でも少し感じたことですが、この作品は、「人間」の、というよりはやはり少し独りよがりな「男」の、とある男の寂寥の記憶、なのだろうと思います。

 

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