地下書庫巡礼記

どこかに眠る、懐かしの物語を探して

MENU

『蠅の王』を原書で読む 集団における人間関係の理

ゴールディング『蠅の王』を原書で読んだ ( 原題:"Lord of the Flies" )。

なんとなく馬が合わなさそうな者同士でも、表面上はうまくやっていかないといけない場面というのは、生きている上でよくあると思う。社会や組織、共通の利害を持っている集団内にあればなおさら。

『蠅の王』は、このような、集団内での人間関係においていずれ揉めそうだと感じる言動の「あるある感」が絶妙で、現代においてもそのまま通用する感覚であることに新鮮に驚いた。

 

 

 

 

あらすじ

航空事故に遭い、無人島に漂着してしまった少年たち。大人は誰一人おらず、年長者でさえローティーンという状況で、子どもたちだけの自給自足生活を送ることになる。

無人島での冒険や、大人の目がない自由を楽しんでいた少年たちだったが、いつしか夜闇に潜む不気味な存在が囁かれるようになる。獣なのか、幽霊なのか、あるいは。緩やかに恐怖が蔓延していく中で、仲間内での対立も次第に顕在化していく。

少年たちの内部対立によって、コミュニティから秩序が失われていく様子を通じて、集団内における人間の本質としての負の側面をシビアに描く。

 

少年たちの特性

『蠅の王』に出てくる少年たちは、「無人島への漂着」という偶発的なトラブル発生時にその場に居合わせた、いわば寄せ集めの集団である。

そこでまずは、主要な役割を担う4人の少年たちについて、その特性の違いを見ていきたい。

Ralph

主人公。少年たちのリーダーとして選出される。「無人島から救助してもらう」という希望のビジョンを真っ先に口にした。金髪で、体格もよく、第一印象として人を惹きつける要素を持っている。本質的には善良な性格だが、良くも悪くも素直であるため、浅慮で無神経な言動に結びつくこともある。

Jack

Ralphに次ぐ、実質的な二番手無人島でのサバイバル生活にあたり、狩猟に特化した独自部隊を率いる。勝気な性格で、主張も明快、統率力にも優れているため、悪魔的なカリスマ性を発揮する。ただし、近視眼的な思考傾向が強く、長い目で物事の本質を捉える視点に欠けている。現リーダーであるRalphのことを快く思っていない。

Piggy

眼鏡をかけた太った少年。理論派で物知りのため、知恵の提供という形でRalphをアシストする。いかなる状況においても忖度しない、自らが信じる正義を貫くタフな精神の持ち主。一方で、自らの言動が他人の目にどう映るかといった人間心理には鈍感で、島での肉体労働をひとり拒否するなどの場面もあった。

Simon

黒髪でやせぎすの、心優しい性格の少年。他者への共感性が強く、時に危うさを感じるほど誰に対しても分け隔てなく利他的な言動を示す。他人が望んでいることや物事の本質を汲み取る感覚に長けているが、それについて多くを語ることはしないため、他の少年たちからはあまり理解されず、変わり者だと認識されている。

※追記:Simonについて考察した記事はこちら

 

どうだろう。相性が悪そうな意思決定層のRalphとJack。主張はもっともだが性格のクセが強いPiggy、悪い奴ではなさそうだがイマイチ腹の底が知れないSimon。他の少年目線になりきるとしたら、そんな感じだろうか。

このような人間模様に、「夜闇に潜む不気味な存在」という不確定要素が加わったとき、集団としての在り方は変容していくことになる。

 

組織行動論の観点から読む

『蠅の王』は1954年に発表された。20世紀という時代の特徴を反映して、「Ralph vs Jack」という対立構造がイデオロギーの象徴として成立している側面は確かにあると思う。とはいえ、個人的には、現代においても通用する、集団内における役割と言動に関する示唆、あるいは人間心理への洞察の深さにこそ、強い魅力があると感じた。

 

例えば、RalphとJackの主張は下記のような対立軸となっている。

  • Ralphの主張
  • (島から救助してもらうために) 不確実だが本質的なアクションを取り続けることを重視する
  • Jackの主張
  • (当座の空腹を満たすため、あるいは降って湧いた自由を満喫するため) 将来性には乏しいがさしあたり実効的な活動を重視する

このような命題は、現代においても意思決定の場面でよく見かける構図じゃないだろうか。

 

そして、この主張の対立軸を見ると、やはりリーダーたるに相応しいのはRalphの方という感じを受ける。周囲を固める人材も、実はそれほど悪くはない。参謀兼相談役のPiggyという存在がいて、争いを好まない温厚なSimonという存在がいる。Jackに関しても、その行動力と機動力は申し分がないし、人として全く道理が通じないという訳でもない。後は、好ましい方向性へとJackを導くことができるよう、リーダーたるRalphがうまく立ち回ることさえ出来れば……。

だが、これは何もRalphに限った話ではないだろう。少年たちは、誰しも未熟で不完全だった。Jackは長期的な展望を持つことから目を逸らしてはいけなかったし、Piggyは人間の心理について知るべきだった。Simonは自らの性格がいかに無防備であるかということに自覚的であるべきだった。

集団内でどのような役割にある時、どのような行動を取ると致命的な結果に繋がるのか。このような組織行動論の観点から読んだとき、現代においてもそのまま通用する示唆を含むと感じたのだった。

 

なぜ対立するのか?

RalphとJackが対立する要因とは?

「Ralph vs Jack」という対立構造について、もう少し深掘りしたい。

そもそも、なぜ彼らは対立するのだろうか? 島への漂着当初のリーダー争いで遺恨が残った、集団としての活動方針が異なる、性格的に反りが合わない。と、いくつか要因は思い浮かぶ。

とはいえ実のところ、中盤に差し掛かるまでRalph本人はJackとの間にわだかまるギスギス感に納得がいっていない。Ralphにしてみれば、「なぜ事ある毎に突っかかってくるんだ」という感じなのかもしれない。

その結果、Ralph はなんと、オーディエンスがいる中で面と向かって ”Why do you hate me?” とJackに問いただす、という暴挙に出ている。表面上はまだなんとかやっていた中で、開戦宣言とも受け取れるこの一発触発の瞬間に、周囲の少年たちもざわつき居心地の悪さを感じているのだが (読み手もまた胃が痛くなる) 、当のRalphはこれを当てつけや挑発としてではなく、全く純粋な疑問として投げかけている。このあたりもまた彼の迂闊さやリーダーとしての未熟さを示すエピソードである。

とまあ、このエピソード以外にもRalphのマズい言動は多々あり、それに対してJackがイラつくのも人間心理として十分理解できる話ではある。円滑に事を進めるためには立てておくべきJackの面子を立てず、穏便に事を収めるためには残しておくべきJackの逃げ道を残していないのだから。でも、JackがRalphを常々快く思っていないのは、本当にRalphの言動の否のみに起因するものなのだろうか?

 

人間関係がうまくいかない理由

ここで話がめっきり変わるのだが、この『蠅の王』という小説、「髪」に関する描写が異様に多い。第一章の第一文目も「Ralphの髪は金髪である (“The boy with fair hair ...”)」、という情報の提示から始まる。

ただ、そのような傾向があったとして、その意図をなかなか測りかねていた。ところが、クライマックスのRalphとJackが対峙する場面に差し掛かり、そこでJackの髪に関する情報が開示されたとき、ここで「なるほどな!」と膝を打った。思えば、Jackのそばかすに言及した描写も多かった。

そしてJackの髪に関するこの情報は、「なぜJackはRalphに敵愾心を持つのか?」という問いかけに対する根源的な解でもある、と思う。

彼らは出会ってすぐにリーダー争いをしている。その結果を受け、Jackの心の内に湧いた「リーダーになりたかったのに選出されなかった」という半ば嫉妬のような感情、それ以前に、そもそもRalphに対して敵愾心を持ちうる土壌のようなものがJackの深層部分に存在していたとすれば? だとすれば、序盤からやたらとRalphに対して対抗意識が強かったのにも納得がいく。そして、その土壌とは、自らの身体的特徴 (=赤毛) に向けられる偏見や社会的風潮への反発であり、そのような風潮において自らを排除してきた側の属性 (=金髪) を持つ人間全員へと対象を汎化させた負の感情である。

大多数の少年たちが、Ralphの第一印象の「好ましさ」から彼をリーダーに選出したとすれば、Ralphの第一印象の「苦々しさ」から彼を潜在的に嫌ったのがJackなのである。この皮肉の妙!

人間関係がうまくいかない理由は、両者間で起きた出来事の総和だけから導かれる訳ではない。一個人の内面で、それまでの人生を通じて醸成されてきた無言の情動が、背景的要因という形をとることもある。そのような事象の一例を見たようだった。

 

まとめ

まずは、主要な役割を担う4人の少年たちの特性の違いを見ていった。その上で、集団内における少年たちの役割と言動について、現代においても通用する示唆を含む点に言及した。最後に、RalphとJackの対立構造を通じて、人間関係の軋轢が生じる時の背景的要因について考察した。

率直に言えば、Jackの髪に関する情報が開示された時の「してやられた感」、よりによってクライマックスのRalphとJackが対峙する場面で開示するという演出の心憎さを味わえただけでも、この小説を読んだ価値があったなと感じたのだった。

 

【おまけ】個人的に面白かった英語表現

せっかく原書で読んだので、言語の違いから面白く感じた表現をメモしておく。

  • お茶の時間

    無人島に遭難している状況で、”it is time for tea” と言って寝ている人を起こすところ。さすがイギリス人。感動。

  • 狼煙に夢中

    救助を求めるための狼煙 (signal) の必要性について口酸っぱく言及するRalphに対して、Jackがうんざりしながら ”You’re nuts on the signal.” と言い返すところ。嫌味が何気に面白い。

  • 漫才のような

    持病の発作が起きそう起きそう詐欺を繰り返すPiggyに対して、Ralphが毎回 “Sucks to your ass-mar (=asthma, 喘息)” と定型句でツッコミをするところ。回数を重ねる毎に形式化していく。まるで漫才。