地下書庫巡礼記

どこかに眠る、懐かしの物語を探して

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皆川博子『夜のアポロン』

 70~90年代発表の単行本未収録作品。ミステリ中心に集められており、先行して出版されている幻想小説中心の『夜のリフレーン』と対になるかのような一冊です。

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 以下、特に気に入った二作について。

「夜のアプロン」


 「夜になると、太陽は輝くのです」という背徳の香り漂う一文から始まる、場末のサーカスに顕現する太陽神とその落日を描いた一作。アポロンの名を授けれられた青年が駆ける鉄骨の丸い檻は、孤独と焦燥に駆られ猪突猛進する若者たちの世界そのもののようであり、どれだけ駆けてもどこにも行けはしない息苦しさに満ちています。この閉ざされた檻の中で幼い情念は交わりあうことなくぐるぐると回り、その終着点として現れる華麗な落日の予感が眼裏を焼きます。

 

「沼」


 「母が華やぐぶんだけ、侑子は萎れてゆくようだった」と述懐する娘が語る、母による奪略の歴史と、娘の中で静かに燃える母娘の葛藤を描いた一作。幻想小説的な色合いも強く、薔薇色の壁の中で暗い水をたたえた沼、子宮をそう例え、娘は自身の沼の中に人知れず半透明の魚となった<弟>を棲まわせています。月日は流れ、母の死をきっかけに娘は<弟>との邂逅を果たします。この邂逅は母と娘の思惑の初めての合一を招き、そして母の陰画のようだと言及された娘の輪郭が次第に母のそれとオーバーラップしていくのですが、その様子は「静かで荒々しい」という二極を同時に兼ね備える沼の幻影のように夢幻的であり、またこの場面でアクセントとして視界に映る熟れた桃とその崩れたどこか淫蕩な感じが母娘に共通する本質を示唆しているようで、重層的なイメージの連鎖が鮮やかです。

 

まとめ

 10年前は絶版になった皆川作品を探しに古書店をたびたびめぐっていたので、近年になり相次いでこうしてまとめられたり復刊したりと、手に取りやすくなったのはありがたいことです。

 また、本書には女のエロスや情念を描いた作品が多く収録されていますが、作者としては官能シーンを書くのは本意ではなかったそうで*1、それでも作者自身のスタイルや語り、物語にされており、さすがの読み応えといったところでした。